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アスペルガー&4年間うつ病から寛解者の体験談 人間関係で悩まない思考法 後編

こんにちは、Lです。 

前回の続きです。周りをクソと思っていたクソな私が考えを改めるまで。読んでいない人はこちらから。


私の他人の見方が変わった出来事 

全く適性のないバイト経験

レストランのキッチンバイトは私と相性最悪だった。なぜなら、私は短期記憶が出来ない&パニックになりやすくて迷惑かけまくりで、自信喪失状態だった。

でも店長は、全くできない私に、辛抱強く教えてくれた。「私なんかに教えている時間が無駄では?。」立場が逆なら、私もバイトに教えるけど、あくまで仕事だから。店長はきっと私が悔しがっていると、頑張る気持ちをくじかないようにしてくれたんだろう。

バイトの面接を約束する時も、電話越しで顔も見えないのに「やる気があるなら誰でも歓迎だ」とニッコリと言ってくれた。本当に人情家だ。バイトは結局辞めちゃったけど、今でも感謝している。

研究室でのうつ病発症

背伸びして入った大学で、結果が全てな研究室に入った。周りと上手くやれない×(運も悪く?)結果も出ない×就活が始まる=フラストレーション∞。「結果を出せ」と言ってくる教授の言葉が床に就いても頭から離れない。普段から他人のことをクソと思っているから、教授に罵倒されるイメージが自分を苦しめるんだ。人のことを見限っても良いことはない。そして、メンタル崩壊。でも、あれだけ厳しかった教授をはじめ、みんなの優しい対応に驚いた。

どちらも、私の中の「性格クソな他人像」では説明できない優しさだった。彼らは、性格が悪い訳じゃなかった。私は、初めから他人と上手くやれないから他人の優しさに触れる機会がほぼなかっただけなんだ。私の中では、周りの見方が確実に変わり始めた。 

 

誰でもそれぞれの境遇の中で最善を尽くそうとしている

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この時期に、 水島広子さんの「自己肯定感、持っていますか?」という本に出会った。メンタルがボロボロの状態な私だったが、実は他人の見方を変えることが自分を救うことなる。人は誰でもそれぞれの状況の中で人に優しくしようとしているのだ。

対人関係療法ならこの水島広子さんの本がオススメ。この方は医学部卒なんだけど、ガチガチ理系の人も、脳を調べたり患者の診察を突きつめると「性善説」(に近いもの)に行き着くのか?そこに私は勇気をもらえたし、とても感慨深いのだ。

まあ、周りから見たら奇行種の俺でさえ、それなりに正義感を持ってるんだからな周りも然りは一理ある。

このテの話は、宗教っぽく胡散臭いことも結構ある。けど、この人はオカルト一切なしで、論理的に話を進めて納得できるんだ。頭良いなあ…私の拙い説明より、本を読んでもらった方が早いっす。この人の本はサクサク読めます。

 

「でも、ひどいことするヤツもいるじゃん…」への考え方

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ヒドいことしようとして、ヒドいことしてる人間は圧倒的に少ないだろう

「一見」ヒドいことをされる原因はいくつかある。

考え方・価値観の違いから

これは前編で話した内容です。

想像力に欠けるから

被害者側の話を聞いた時に「こんなに相手を傷つけているとは知らなかった、ごめんなさい」となることはままある。

加害者側に致し方ない境遇があることも

例えば、イジメをする人間は本人の自尊心が満たされていないからだ。人に暴力を振るいたくなるような事情(家庭環境とか)があるのだろう。「こんだけ俺はつらい思いをしているんだから、これくらいしたって良いんだよ!」的なね。これは、ある意味自分を守っているし、自分を守ることに精一杯とも言える。自己防衛としてイジメを自分の中で正当化しているんだ。(だからと言って、いじめを容認していないよ! )

▪︎能力が自分と相手で違う時

「なぜこれくらいできないの?」と苛立ちからカッとなってヒドいことを言われることも。

▪︎カッとなったときは違うよ

▪︎よく知らないけどサイコパスは、人の感情を推し量る感覚(脳回路)が欠落してるんだと思うよ。(それはそれで残念だけど…)

他に、極端な例で言えば、テロリストだって彼らの宗教では「これが神に賞賛される」「ゆくゆくは世界平和に」とか根っから信じ込んでやってるんだろう。逆に、自己正当化さえできないヒドいことをやってしまったら、人は非常に脆い生き物だと思う。

他人を信じることが、結局自分を守ることに

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性善説でいた方が、他人にショッキングなことをされても、自分がラクにいられる。

よく言うよね。中学・高校でテスト終わった後に先生と目があって、先生が笑ってた。Aちゃんは「ああ、先生は私が良い点数だから、ニッコリしている」と。でも、B君は「悪い点数だから、バカにして笑ってるんだ」と。B君の考え方だと落ち込むし、先生への印象も下がるだろう。それが先生に伝わって本当に仲が悪くなったら、負のスパイラルだ。でも、情に流されれば良いって訳でも、「自分だけに」とか「スピリチュアル的に」都合よく解釈しろって訳でもない。

 

人は相手がどれだけ大変かが実感できると自然と配慮しなきゃと思えるものだ。小学生の時、高齢者の大変さが分かる体験をしたことが強く記憶に残っている。身体中に重りをつけて、ぼやけた眼鏡をかけるのだ。「ああ、こんなに大変なのか…」と。

これは目で見えない心(脳)も同じ。考え方の違いは多数派(定型発達者)にとって思いもしないことなだけ。でも、定型発達者に「すぐに理解してくれ」という方が無茶だろう。これだけ人とぶつかった私でも、20年ちょっとかかったんだからね^^;。私のような殻にこもりがちな人にちょっとの間なれる薬があったらと思う。それで多数派にも私の息苦しさを知ってもらえば、「LはLで大変なんだね(^_^;)」と笑って分かりあえると思う。

 

人と上手くやれずに、死にかけた私が命がけで得た教訓だ。知っておいて損はないから、「そういう考え方もあるんだな」と頭の片隅に入れてくれれば幸いだ。

 

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